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酒仙歌人 若山牧水

明治、大正から昭和にかけて国民的歌人として親しまれた若山牧水は、

幾山河超えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく

の歌のごとく北海道から沖縄、朝鮮まで短歌を詠み、

揮毫しながら旅に明け暮れました。

又、酒仙の歌人とも称され、旅と自然と共に酒をこよなく愛した漂泊の歌人です。

生涯に残した七千首の短歌のうち、酒を詠んだものが二百首もあると言われて

います。

 人の世に楽しみ多し然れども 酒なしにしてなにのたのしみ 

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりなり

大正14年 若山牧水は九州へ51日間の歌と旅に出発します。

その51日間、ほとんど毎日飲み、朝には3~4合、昼には4~5合、そして

夜になれば一升以上を空けたということです。
 

かんがへて飲みはじめたる一合の 二合の酒の夏のゆふぐれ 

時をおき老樹のしづく落つるごと 静けき酒は朝にこそあれ

飲むなと叱り叱りながら母がつぐ うす暗き部屋の酒の色

 

人生の悲哀を酒と歌とで昇華しながらの旅は、昭和3年9月沼津の支度で肝硬変のため

 

永眠、43歳という若さでした。

 

残暑の盛りに亡くなったにもかかわらず、死後しばらく経っても腐臭がしなかったため、

 

医師は、生きたアルコール漬けにいなったのではないかと驚いたと言います。

 

 酒ほしさまぎらはすとて庭に出でづ庭草をぬくこの庭草を

 

この歌が最後に詠んだ短歌だそうです。